17世紀の数学者フェルマーは、数について数多くの魅力的な主張を残しました。その中には、証明が示されないまま「きっと成り立つはずだ」と書き添えられたものも少なくありません。
18世紀の数学者 レオンハルト・オイラー は、そうしたフェルマーの主張を一つひとつ検証し直した人物です。
1738年に発表された論文
『Observationes de theoremate quodam Fermatiano』
(「フェルマーのある定理についての考察」)は、その代表例のひとつです。
フェルマーは何を主張していたのか?
フェルマーは
「ある特別な形をした数は、どれも素数になる」
と考えていました。実際、小さな数で確かめてみると、確かにすべて素数に見えます。
フェルマー自身も、この規則性に強い確信を持っていたようですが、決定的な証明は残していませんでした。
オイラーの姿勢:信じる前に、徹底的に調べる
オイラーはこの主張を、鵜呑みにしませんでした。
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本当に常に素数になるのか
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どこまで確かめれば十分なのか
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規則が成り立たなくなる可能性はないのか
論文の中でオイラーは、具体的な計算や一般的な性質を用いて、フェルマーの主張を慎重に吟味していきます。
その書きぶりからは、「うまくいっている例が多いこと」と「必ず成り立つこと」は別だ、という冷静な視点がはっきりと読み取れます。
直感から理論へ――数学の進み方
この考察は、のちにオイラー自身が
「フェルマーの主張が成り立たない例」を発見することへとつながっていきます。
重要なのは、オイラーがフェルマーを否定しようとしたわけではない、という点です。
むしろ、
優れた直感を、確かな数学に変えるには何が必要か
を真正面から考えていたのです。
この論文が教えてくれること
この短い論文には、
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数学は「たくさん当たっている」だけでは不十分であること
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例と証明をはっきり分けて考える姿勢
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フェルマーからオイラーへと受け継がれた数論研究の流れ
が凝縮されています。
数学史を通して見ると、
大胆な発想を生む人と、それを厳密に確かめる人の違いが、学問を前に進めてきたことがよく分かります。
この論文は、その象徴的な一場面だと言えるでしょう。
フェルマーの数に疑問を投げかけたオイラー
――「成り立ちそう」に潜む落とし穴
17世紀の数学者フェルマーは、数について多くの鋭い直感的主張を残しました。その中の一つが、次の形の数に関するものです。
22n+12^{2^n}+122n+1
フェルマーは、この形の数は どんな自然数 nnn に対しても素数になる、と考えました。
実際に確かめてみると、
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n=0n=0n=0:220+1=32^{2^0}+1=3220+1=3
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n=1n=1n=1:221+1=52^{2^1}+1=5221+1=5
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n=2n=2n=2:222+1=172^{2^2}+1=17222+1=17
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n=3n=3n=3:223+1=2572^{2^3}+1=257223+1=257
と、すべて素数になっています。
この結果を見ると、「確かに常に素数になりそうだ」と思ってしまうのも無理はありません。
オイラーの問い:「本当に 常に 成り立つのか?」
18世紀の数学者 レオンハルト・オイラー は、このフェルマーの主張に強い関心を持ちました。しかし、彼はすぐには結論を受け入れません。
オイラーが1738年に発表した論文
『Observationes de theoremate quodam Fermatiano』
(「フェルマーのある定理についての考察」)では、
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なぜこの形の数が素数になりやすいのか
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どのような場合に割り切れてしまうのか
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規則が破れる可能性はないのか
が、具体的な計算と一般的な議論によって丁寧に調べられています。
うまくいく例は、証明ではない
論文の中でオイラーは、小さな nnn については確かに
22n+12^{2^n}+122n+1
が素数であることを認めつつも、次の点を強調します。
いくら多くの例で成り立っていても、それだけで「常に成り立つ」とは言えない。
これは数学において非常に重要な考え方です。
「いくつか確かめたらうまくいった」という事実と、「すべての場合に正しい」という結論の間には、大きな隔たりがあります。
決定的な反例へ
この論文での考察を積み重ねた結果、オイラーは後に次の事実を示します。
225+1=232+1=4294967297=641×67004172^{2^5}+1 = 2^{32}+1 = 4294967297 = 641 \times 6700417225+1=232+1=4294967297=641×6700417
つまり、フェルマーが「常に素数になる」と考えていた数の中に、合成数が含まれていたのです。
ここで重要なのは、オイラーが単にフェルマーの誤りを暴いたのではない、という点です。
むしろ彼は、
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なぜフェルマーの直感がこれほど長く正しく見えたのか
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どの段階で、その直感が破れるのか
を理論的に理解しようとしていました。
数学は「直感」と「検証」の往復で進む
この論文は、数学の進み方そのものをよく表しています。
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フェルマー:大胆な直感を提示する
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オイラー:それを疑い、計算し、一般化し、限界を見極める
直感だけでも、計算だけでも、数学は前に進みません。
両者の往復によって、初めて「確かな知識」へと変わっていきます。
この短い論文は、
「当たっていそう」から「本当に正しい」へ進むために、数学者が何を考えるのか
を教えてくれる、格好の一例と言えるでしょう。






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