【ウィリアム・ハミルトン】キャラに命を吹き込む「四元数」発見者

現代のゲームの中ではポリゴンがまるで生きているように動きますよね。

キャラに命があるように見えるのは、数学の概念「四元数」が用いられているためです。

そんな「四元数」を発見したのがウィリアム・ローワン・ハミルトンで「ニュートンの再来」とも言われる人物です。

今回は数学・物理学・言語学など幅広い知識を持っていたウィリアム・ハミルトンについて紹介します。

ゲームやCGが”生き生き”する概念はどのようにして生まれたのか、確認してみましょう。

Contents

神童ウィリアム・ハミルトン

ウィリアム・ハミルトンは幼い頃から神童として知られていました。

1805年、彼はアイルランド・ダブリンに生まれ、3歳の時に叔父に預けられます。

叔父が教育熱心だったこともあり、ウィリアム・ハミルトンの才能を一気に伸ばしていきます。

驚くべきことに、5歳までに英語・ラテン語・ギリシャ語・ヘブライ語を身につけます。

さらに、10歳にして10ヶ国語(イタリア語・ドイツ語・アラビア語など)を操っていたとのことです。

中学や高校で英語を習った経験を振り返ってみてください。

語彙の意味や文法・つづり(スペリング)などを覚えるのはとても大変でしたよね。

普段使う日本語に英語を加えるだけでもかなりの努力が必要です。

それなのに10歳のウィリアム・ハミルトンは10もの外国語をマスターしたのですから、「天才」と認めるしかないですよね。

神童ウィリアム・ハミルトンが数学を始めたのは15歳の頃でした。

当時最先端だったラグランジュやラプラスの書物を読んでいました。

16歳にはラプラスの『天体力学』に誤りを発見し、途方も無い才能でまわりの大人たちを驚かせます。

ウィリアム・ハミルトンは子供時代からすでに天才っぷりを発揮していたのです。

ニュートンの再来

1824年、ウィリアム・ハミルトンはダブリンのトリニティ・カレッジに入学します。

当時は言語の興味から詩人になりたかったとのことですが、親友の詩人ワーズワースから自然科学に進むようアドバイスされます。

その後は数学を研究しながらも詩を愛し、当時の詩人と交流を持っていたそうです。

在学中に幾何光学の理論などを完成させ、1827年には22歳の若さで学部四年で天文台長になりました。

そのため大学は卒業していないのですが、まわりからの評価・実力を考えれば「学歴」は必要なかったのでしょう。

彼が展開した考え方は「ハミルトン力学」(Hamiltonian mechanics)とも呼ばれ、現代では解析力学や量子力学・統計力学の分野で用いられます。

幾何光学を力学に応用したのが「ハミルトニアン」( Hamiltonian)です。

ウィリアム・ハミルトンの多彩な才能と素晴らしい業績を称え、「ニュートンの再来」とも呼ばれることもあります。

3Dキャラが”生き生き”する概念

ポリゴンゲームやCG(コンピューターグラフィックス)はウィリアム・ハミルトンの概念が使われていることを知っていましたか?

3Dのアニメキャラクターが生き生きと動くのは「四元数」を使っているためで、現代数学において非常に重要な概念です。

ウィリアム・ハミルトンは代数学に関心を持ち、三次元や四次元の一般化を見出そうとします。

「四元数」を発見したのは1843年10月16日、彼が妻と散歩にでかけている時でした。

突然四元数の公式が頭に思い浮かび、その場でブルーム橋の欄干に数式を刻み込みました。

(その後、このエピソードを記念して、自身も数学者だったアイルランドの初代首相エイモン・デ・バレラが橋に碑文を設置しました。)

この偉大な発見は各分野に応用されるようになるのですが、当初はそこまでの反響を呼びませんでした。

と言うよりも、他の誰もが理解出来ず、異端理論として数学界での評価が急落します。

ウィリアム・ハミルトンは未来を先取りしすぎた天才でした。

「四元数」に没頭

1844年から、ウィリアム・ハミルトンは「四元数」(quaternion)の実用化を目指して20年間研究に没頭します。

しかし誰にも認められない屈辱からか、暴飲暴食に走ります。

晩年はアルコール中毒と痛風に苦しめられたそうです。

それでも「四元数」に取り組み続けたのですが、1865年に60歳で亡くなります。

部屋には数式が大量に書き残されていたようです。

当時は「四元数」の可能性を信じる少数派はいたものの、数学界に浸透するまでには至りませんでした。

結局「四元数」が理解され始めたのは20世紀後半、工学の分野でした。

まわりから認められなくても自分の信じた道を進んだ、数学者らしい最期と言えるでしょう。

まとめ

超天才数学者 ウィリアム・ローワン・ハミルトンについてまとめました。

  • 10歳:10の言語をマスター
  • 16歳:ラプラスの『天体力学』に誤りを発見、指摘
  • 22歳:学部四年から天文台長へ就職
  • 39歳:「四元数」を発見
  • 60歳:アルコール中毒と痛風にて死亡

一時期は「ニュートンの再来」とも評されますが、晩年は寂しく過ごしました。

20年費やした「四元数」が、現代のゲームやグラフィックに用いられていると知ったらウィリアム・ハミルトンはきっと喜ぶことでしょう。

2件のコメント

ハミルトンと言えば線形代数、解析力学でのハミルトニアン、行列を用いた難解な量子力学というイメージで、普通の人間にとってとてもはわからないことを考える人だと思います。(天才なので当たり前ですが)
四元数について何も知りませんでしたが、ゲームのポリゴンにその概念が使われているとのことで驚きました。恐らく複素数なのでポリゴンの3次元的な回転に関する演算のために何か役立っているのでしょうか
四元数だけでなく、とにかく評価というものは、後になって変わりうるものだと改めて知らされました。

コメントありがとうございます!
数学の場合、そのときの意味を手放して、現状の外に出ようとする動きがいろいろな時代の中で起こり,
数の拡張の中で,虚数のように意味の解釈ができなかったことが,複素数平面によって,捉え方が変わったりするので
意味が新しく立ち上がっていくのが、数学の面白さですね!研究者の森田真生さんが言われていましたが、「意味が分からなくなってからが
数学が面白くなるところ」というのが、今は少し分かります!

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マスティー
中高一貫校で数学を教えています。日々生徒たちから学びながら、これから学習する人の支えになるサイト作りを目指していきます。
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