18世紀の数学者 レオンハルト・オイラー は、
膨大な数の定理を打ち立てたことで知られています。
しかし彼自身は、
最初から厳密な証明だけを追い求めていたわけではありません。
1761年に発表された論文
『Specimen de usu observationum in mathesi pura』
(「純粋数学における観察の用い方についての一試論」)は、
オイラーが数学的発見の出発点を自ら説明した、非常に珍しい論文です。
観察は「証明」ではない、しかし無意味でもない
論文の冒頭でオイラーは、はっきりと次の立場を示します。
多くの数の性質は、
まず観察によって気づかれる。
しかし観察だけでは、証明にはならない。
数表を作ったり、具体例を並べたりすると、
ある規則が見えてくることがあります。
オイラーは、そのような観察を
否定するのではなく、正しく位置づけようとします。
観察が果たす本当の役割
オイラーによれば、観察の役割は次の点にあります。
-
どこに重要な性質が潜んでいるかを示す
-
無数の可能性の中から、調べるべき方向を教える
-
新しい定理の「候補」を与える
観察は、証明の代わりではありません。
しかし、
証明に至るための「入口」
として、欠かせない役割を果たすとオイラーは考えていました。
フェルマーとの違い、共通点
オイラーはこの論文の中で、
フェルマーが多くの数論的事実を
観察に基づいて予想したことにも言及します。
ただしオイラーは、
-
観察だけで満足することなく
-
なぜ成り立つのかを徹底的に説明し
-
可能な限り一般的な形で証明する
という点で、明確な一線を引いています。
数学は「推測」と「証明」の往復で進む
この論文が伝えている最大のメッセージは、次の点です。
数学の発展は、
観察 → 推測 → 証明
という往復運動によって進む。
観察を軽視すれば、新しい発見は生まれにくくなり、
証明を軽視すれば、確かな知識にはなりません。
オイラーは、その両方を見据えた数学観を、
この短い論文に凝縮しています。
数学史的な意味
この論文は、
-
オイラーの数論研究
-
フェルマー的直感の評価
-
18世紀数学の実践的な研究スタイル
を理解するうえで、欠かせない文献です。
定理そのものではなく、
**「数学はどうやって作られるのか」**を語った点に、
この論文の特別な価値があります。









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