方程式の歴史と面白エピソード!ラグランジュ・ルッフィーニ・アーベル・ガロア

中学・高校の数学と聞くと、方程式を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。

「難しかった・・・。」「過去の数学者はすごいなあ。」と考えたかもしれません。

確かに複数の天才数学者達が方程式を発展させていったのですが、それぞれの人生は順風満帆ではありませんでした

今回は方程式の歴史と関係する数学者4人についてエピソードを紹介します。

堅苦しい方程式のイメージががらりと変わることでしょう。

16歳で教授!?ラグランジュ

方程式を語る上で忘れてはいけないのは数学者・ジョゼフ=ルイ・ラグランジュです。

16歳でトリノ王立砲術学校の幾何学教授に任命されるほど、ずば抜けた頭脳の持ち主でした

飛び級どころではない、出世スピードですね。

18世紀最大の数学者ともいわれ、1770年代には三次方程式の解の公式を導き出しました。

解の置換によって求める方法で、「ラグランジュの分解式」「ラグランジュのリゾルベント」と言います。

現代的に言うと対称群を用いた方法です。

「ラグランジュの分解式」によって三次方程式・四次方程式は解けたのですが、残念ながら五次方程式は成功しませんでした。

しつこい性格!?ルッフィーニ

ラグランジュに影響を受けたのがイタリアのパオロ・ルッフィーニです。

この時代、ほとんどの数学者は「どんなに複雑でも解の公式は見つかる」と考えていました。

しかし、ルッフィーニの考えは逆です。

「五次方程式は解けない」とし、その証明を1799年に出版しました。

証明はとてもまわりくどく、500ページを超える長さだったとのことで、まともに読んでくれる人はいませんでした

ルッフィーニはラグランジュにも送り、彼が読んでいないと知るや何度も送りつけます。

目を通してくれれば修正・反論などもできたでしょうが、無視されては何も起こりません。

結局ラグランジュや他の数学者はルッフィーニの本を読まず、当時の数学界ではほぼ評価されませんでした。

ルッフィーニは数学史には爪痕を残せず、別の顔である医者として働いていたようです。

しかし、亡くなる半年前に理解者が現れました。

数学者オーギュスタン=ルイ・コーシーから「私の判断では五次以上の一般的な方程式が解けないことを完全に証明しています。」と書簡が届いたそうです。

このコーシーは他の数学者の才能を見極める能力は素晴らしかったのですが、実はおっちょこちょいでした。

ルッフィーニ以降の数学者にも関わってくるので、コーシーの名前も覚えておくと面白いです。

苦労人!アーベル

ルッフィーニの証明を引き継いだのがノルウェーの数学者ニールス・アーベルです。

アーベルは1824年、五次方程式に解の公式が存在しないことを証明します。

「アーベルの定理」「ルッフィーニ=アーベルの定理」と呼ばれます。

当時貧しかったノルウェーでしたが、アーベルの天才っぷりさからフランスやドイツに留学しました。

しかし、フランス・ドイツの数学者はアーベルを認めず、話を聞いてもらえなかったそうです。

唯一耳を傾けたのがベルリンの数学者オーガスト・レオポルド・クレレです。

クレレが主催する論文誌に「アーベルの定理」を載せてくれたことで、一気に世に広まります。

しかし1829年4月6日、肺結核により26歳の若さでこの世を去りました。

ちなみに、おっちょこちょいのオーギュスタン=ルイ・コーシーとも交流があり、アーベルの手稿を紛失しています。

過激派!ガロア

天才数学者エヴァリスト・ガロアは10代のうちに「ガロア理論」の研究を行っています。

「ガロア理論」とは「アーベルの定理」を簡略化したもので、「群」という数学的対象を用いています。

ガロアはその凄さ・重要性がまわりに分かってもらえず、生前に評価されることはありませんでした。

「ガロア理論」が本格的に構築されるには死後から50年経ってからです。

ちなみに、ガロアが執筆した論文は二度も無くなっています。

ひとつはオーギュスタン=ルイ・コーシーが論文の審査を引き受けておきながら紛失しました。

当時のヨーロッパはフランス革命の激しい時代で、ガロアも政治活動に加わります。

その行動は過激を極め、1831年にはルイ・フィリップ国王への脅迫罪で逮捕・投獄に。

病気になったため療養所に移りますが、そこで女性関係トラブルが発展します。

1832年、女性をめぐって決闘を申し込まれ、敗北。

ガロアは数学に関するメモや友人への手紙を残して、息を引き取ります。

まとめ

方程式の歴史と関する数学者4人を紹介しました。

  • 16歳で教授!?ラグランジュ
  • しつこい性格!?ルッフィーニ
  • 苦労人!アーベル
  • 過激派!ガロア

数学者と言えば冷静沈着というイメージですが、振り返ると変わった人ばかりですね。

方程式論を導き出した天才達は数学に熱中するも、まわりから理解を得られないケースが多かったようです。

2020年現在でも授業で習う方程式。

その裏には過去を生きた天才数学者がいたことを忘れないでください。

方程式そして数学は、長い歴史が作り出した現代への贈り物とも言えるでしょう。

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