【岡潔】奇人変人の数学者!素晴らしい功績の裏には妻の愛情

日本が世界に誇る天才数学者、岡潔(おか きよし)。

「多変数複素関数論」の難問を解決し、その業績により文化勲章を受賞しています。

2018年にはテレビドラマ『天才を育てた女房』も放映されたので、名前を知っている方もいるのではないでしょうか?

彼の人生は数学を中心にしており、まわりからは「奇人」「変人」と思われていたようです。

今回は岡潔の人生を振り返りながら、エピソードを紹介します。

飛び級する神童

岡潔は幼い頃からずば抜けていました。

1901年、岡潔は大阪市に生まれ、和歌山県橋本市にて育ちました。

柱本尋常小学校に入学するのは通常より1年早かったととのことです。

数学に関心を抱くようになったのは中学校3年生の時でした。

きっかけは父の書斎で見つけたクリフォード著『数理釈義』です。

毎日のように画用紙と定規とコンパスを用いて定理を検証したそうです。

その影響があってか、京都帝国大学理学部入学したときは物理学志望でしたが、二回生進級時に数学志望に変更します。

天才ゆえの奇行

数学に転向した岡潔。

この頃から奇行が目立つようになります。

「難問の証明に気付くと、試験中でも教室を飛び出していった」とのエピソードも残っています。

大学卒業後は講師として在籍しますが、生徒からは不評でした。

  • 講義中に考え出して、動かない。夜8時になることも
  • 「授業がでたらめすぎ」と学生からクレーム
  • 学会で突然立ち上がり、「その研究は方向が180度違う!正しい方向はあっちだ!」と部屋の後方を指差す
  • アイデアが浮かぶと地面に図形・数式を書き始める

理由は「数学に没頭していたせいだ」と言われていますが、生徒にしてみればきちんと勉強を教えて欲しいところですよね。

また、躁うつ病を患っていたのではないかとも考えられています。

岡潔は毎朝のように精神状態を分析し、高揚している時は「プラスの日」、そうではない時は「マイナスの日」と呼びました。

「プラスの日」は意気揚々と話し、「マイナスの日」は布団にもぐっていたそうです。

岡潔の不思議な行動はたびたび目撃されていました。

フランス留学で運命の出会い

1929年、岡潔は京都帝国大学理学部の助教授となり、フランスへ留学します。

当時のフランスにはアンリ・カルタンやアンドレ・ヴェイユなどがおり、岡潔を高く評価します。

そこで出会ったのが「多変数複素関数論」です。

岡潔はこれを生涯の研究テーマと決めます。

かなり難解かつまだ発展していない分野でしたので、他に研究している人はいませんでした。

岡潔は独力で「多変数複素関数論」の理論を構築・展開していきます。

偉大な数学者

岡潔は「多変数複素関数論」の未解決問題である「ハルトークスの逆問題」に取り組み始めます。

そして、20年かけて、誰も手も足も出なかった三つの大問題を一人で解決しました。

世界の数学者の間では「OKa(岡潔)は個人ではなく団体名なのでは」と噂されるほどでした。

1960年には文化勲章を受章します。

その際「数学とはなんですか?」との質問には「生命を燃焼させるものだ」と答えています。

ちなみにフィールズ賞を受賞した日本人3人は岡潔の影響を受けていると言われています。

  • 小平邦彦(1954年)
  • 広中平祐(1970年)
  • 森重文(1990年)

(※2020年時点)

岡潔はたった一人で、数学界に驚きや影響をもたらしたのです。

日本人らしさとは

岡潔は数学者でありながら随筆家の面も持っており、多くの著書を残しました。

特に『春宵十話』が有名です。

岡潔の考えでは、日本人に欠かせないものは情緒(情)でした。

ここで、松尾芭蕉の句「山路来て何やらゆかしすみれ草」を挙げます。

すみれの色や大きさを感じるだけでなく、さらに「ゆかし=心が惹かれる」とするのが日本人らしさだと言うのです。

数学者と聞くと「論理的」「冷たい」イメージが強いですが、心の動きも重要だと説いたのでした。

テレビドラマ『天才を育てた女房』

2018年には岡潔の波乱に富んだ人生を、妻の視点から描いたドラマが放送されました。

タイトルは『天才を育てた女房』。

岡潔は数学に夢中になるあまり、一般人から理解できない行動を取っていました。

孤立しがちな彼を支えてきたのが、妻のみちです。

ドラマ『天才を育てた女房』では、主人公の岡みちを天海祐希さん、岡潔を佐々木蔵之介さんが演じています。

数学を極めるには長い時間がかかり、まわりのサポートが不可欠です。

愛情深く見守ってくれるみちがいたからこそ、岡潔は文化勲章を受章するに至ったとも言えるでしょう。

まとめ

数学に心を奪われた天才、岡潔(おか きよし)。

普通の人には理解できない行動を取っていたようです。

  • 講義中に考え出して、動かない。夜8時になることも
  • 「授業がでたらめすぎ」と学生からクレーム
  • 学会で突然立ち上がり、「その研究は方向が180度違う!正しい方向はあっちだ!」と部屋の後方を指差す
  • アイデアが浮かぶと地面に図形・数式を書き始める
  • 「マイナスの日」は布団から出ない

それでも妻みちは彼を信じて、「多変数複素関数論」の解決や文化勲章の受章まで支えます。

現在、岡潔が世界的に評価されているのも、妻のおかげかもしれません。

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