【ジョン・フォン・ノイマン】「悪魔の頭脳」と呼ばれた天才数学者

「悪魔の頭脳」・「火星人」・「IQ300」と呼ばれる数学者を知っていますか?

ハンガリーの数学者ジョン・フォン・ノイマンは、あのアインシュタインさえも認める天才でした。

分野は数学にとどまらず、経済学や物理学へ大きく影響を与えました。

ジョン・フォン・ノイマンという名前はそこまで知られていないように感じますが、実は日本人とも深く関わっています。

さっそく、天才数学者ジョン・フォン・ノイマンに関するエピソードを見てみましょう。

まさに神童

有名な数学者は「神童」と呼ばれて育つことが多いですが、ジョン・フォン・ノイマンもその一人でした。

1903年、彼はユダヤ系ドイツ人の家庭に生まれ、英才教育を受けました。

6歳で7桁や8桁の暗算を行ない、8歳で微分積分を理解し、12歳で『関数論』(大学の教材)を読破していたそうです。

1920年、17歳で共著論文「ある種の最小多項式の零点と超越直径について」を執筆。

その2年後にはドイツ数学雑誌に掲載されます。

数学に熱中するあまり、習いごと(ピアノ・チェロ)の最中に数学の本を読んでいたというエピソードも残っています。

さらに、数学だけでなく言語能力にも長けていました。

幼少期にラテン語・ギリシャ語を学び、最終的にはドイツ語・英語・フランス語・イタリア語を身につけました。

母国語のハンガリー語と合わせると、7つもの言語を扱っていたそうです。

ジョン・フォン・ノイマンは幼少期からすでに天才だったのです。

計算スピードは世界一!?

ジョン・フォン・ノイマンの天才っぷりを表す逸話はたくさんあります。

その中で計算能力を裏付ける、2つの話を紹介します。

計算機に勝つ頭脳

水爆の効率概算の計算をしている時です。

ジョン・フォン・ノイマンはエンリコ・フェルミやリチャード・P・ファインマンと、誰が一番早く答えを導き出せるか勝負します。

エンリコ・フェルミは計算尺を使い、リチャード・P・ファインマンは卓上計算機を使うところ、ジョン・フォン・ノイマンは暗算でした。

結果はジョン・フォン・ノイマンの勝利。

何も道具を使っていないのに、最も早くそして正確な値を出したのです。

「俺の次に計算の早い奴ができた。」

ジョン・フォン・ノイマンは現在普及しているパソコンの基礎を作りあげた人でもあります。

当時彼が関わっていたENIACというプロジェクトは「ノイマン型コンピュータ」として知られています。

ジョン・フォン・ノイマンはENIACとも計算勝負を行ない、彼が勝ちます。

発したセリフは「俺の次に計算の早い奴ができた。」

推定IQ300と言われるほど、頭の回転が早い彼しか言えない言葉ですね。

人生戦略「ゲーム理論」

仕事・恋愛・娯楽など生活上に散りばめられているのが「ゲーム理論」です。

「ゲーム理論」はジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンが1944年に公開した「ゲームの理論と経済行動」から広まった考え方です。

簡単にまとめると、自分が有利になるような意思決定を数学的に説明しています。

「ゲーム理論」の例で有名なのは「囚人のジレンマ」です。

2人の囚人が自白するかどうかによって刑期が変わります。

囚人はそれぞれ別の場所で取り調べを受けていて、意思疎通できないとします。

  • 1人が自白すれば釈放(懲役0年)にするが、相手は懲役10年になる
  • 2人とも自白しない場合は懲役2年
  • 2人とも自白する場合は懲役5年

この条件なら、2人とも自白しない(黙秘)を選べば2年で済みます。

しかし、実際にはそうなりません。

自分を優先して自白し、2人で協力した時よりも重い罰を受けます。

「囚人のジレンマ」のような状況は普段の日常に存在するため、「ゲーム理論」を学ぶことで人生を優位に進めるようになります。

原子爆弾の効果を最大化「悪魔の頭脳」

ジョン・フォン・ノイマンは原子爆弾の開発にも関わっていました。

1930年代後半には応用数学に進み、特に爆発について興味を持ちました。

当時はまだコンピュータが発展していなかったため、数学者が計算をして核兵器を開発していたのです。

そして1944年、彼はあることに気付きます。

「地上で爆発させるよりも、地上から数km高い所で爆発させたほうが威力が高い。

この理論は原子爆弾に応用され、広島と長崎に投下されました。

ちなみに、投下場所についてアメリカにアドバイスを求められた時、京都を選んでいます。

その理由は「日本国民にとって京都は文化的に深い意味を持っているから」。

ジョン・フォン・ノイマンの考え方は誰よりも的確かつ冷酷。

原子爆弾に関するこのエピソードは「悪魔の頭脳」と呼ばれる原因のひとつでしょう。

まとめ

ジョン・フォン・ノイマンは飛び抜けた天才数学者でした。

小さな頃から「神童」と崇められていた彼は、17歳で共著論文を書き上げます。

計算能力は同時代の数学者よりも優秀で、パソコンにさえ勝ってしまうような頭脳でした。

また、数学分野だけでなく、「ゲーム理論」で人間の意思決定を分析したり、原子爆弾の効果を最大化したりといった業績を残します。

「悪魔の頭脳」は、良くも悪くも世界中に影響をもたらしたのです。

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